2008年 10月 28日
熊本電鉄バスの旅 <三里木線>
我が故郷を走る熊本電鉄バスが不採算路線をいっせいに廃止した。
----- 毎日新聞より 6日から(9路線)=菊池線の一部▽あんずの丘線▽四方寄線▽三里木線▽辻久保線▽菊池病院線▽杉並木公園線▽農業公園線▽合志市役所線 14日から(2路線)=旭志線▽津留線 ----- 正確には運行休止、2009年3月で廃止ということだが、もうバスは走っていないので実質廃止である。 実は私は4月に熊本の実家に帰ったときにいつ無くなってもおかしくない三里木線と旭志線に乗ってきたのだ。 いまさらであるが少し紹介したい。 まずは三里木線のバスについて。 4月25日、交通センター13番乗り場で三里木経由泗水行きのバスを待つ。 交通センターは日本でも有数の巨大なバスターミナル。 以前に紹介した熊本唯一の地下街・センタープラザの上にあるのが交通センターだ。 1番から36番まで乗り場があるので、目的のバスがどこから発車するのか非常にわかりづらい。 昔はそれでも方向幕に表示される行き先別に案内されていたのでわかりやすかった。 だが、現在では方面別の案内に変わったのでとてもわかりづらい。 例:菊池市に行くバスに乗るには交通センターでの案内は「清水」方面となる 清水なんてバス停は通らないので地元民以外では理解不可能な案内だ 通常、熊本電鉄バスは17番または18番乗り場から発車する。 しかしこの三里木経由の電鉄バスは産交バスのなわばりを走る区間が長いので例外的に13番から発車する。 熊本電鉄バスの時刻表案内では乗り場までは書いてない。 非常にわかりづらい。 あまりにわかりづらいので帰京後、熊本電鉄社に意見メールを送った。 「ただでさえ誰も乗らない路線なのにうるさいのがいた」と思われて路線廃止を早めてしまう原因になったのかもしれない。 「子10 熊本大学・竜田口経由 三里木・合志町役場・泗水」行きと書いてある。 子というのは「子飼」の略だろう。子飼方面10番路線を意味しているようだ。 とっくに合志町ではなく合志市になっているというのに、行き先表示は昔のまま。 乗客は少ないので小型バスで運行している。 交通センターから乗り込んだ客は私一人。 運転士の人も朝一番の泗水行きバスに交通センターから乗り込む客は珍しいのか、いきなり話しかけてくる。 「東京からこのバスに乗るためにやってきました」と、言ったら喜んでくれていたようだ。 水道町電停での熊本市交通局の路面電車。 朝ラッシュ時なので乗客は多い。 熊本市電の連接車。 熊本の路面電車は以前は距離制で変動料金だったが、いつの頃からか全線150円均一になっていた。 おかげで整理券など不要で料金支払いがスムーズになり乗客が増えて増収になったそうだ。 この日は運転士さん曰く「乗客が多い」と驚くほど途中バス停から乗り込んできた。 私の乗ったバスは菊池本線とは異なり、浄行寺交差点から右に曲がって子飼本町へ進む。 熊本大学を経て国道57号線の狭い旧道を東へ進む。 いつしか豊肥本線が寄り添って走る。 武蔵塚駅付近で見かけた九州横断特急の別府行き気動車。 いつかこの特急列車に乗って別府へ行ってみたいと考えていた。 さて、バスは三里木駅を過ぎると左に折れて国道に別れを告げる。 ここからがローカルバスの見所だ。 国道から外れて最初のバス停である「缶詰工場前」で私以外の乗客は皆降りてしまった。 運転士さん曰く「ここからはもうお客さんはいません」ということである。 その通り、あとは終点まで私の貸し切り状態であった。 このまま合志市役所へ向かって走るのかと思いきや、いきなり右に折れて変なところに入っていく。 このバス路線はいったん鉄砲小路公民館まで入り、そこでUターン。 同じ道を走って元の道に戻り、改めて合志市役所に向かうのである。 鉄砲小路から合志市役所までは畑の真ん中を走る。 ここだけ見たら北海道のような風景だ。 バスはのんびりと走るが、朝の通勤時間なのでマイカー通勤の車が多い。 竹追を過ぎて旧泗水町の高江までの区間は狭い道を右に左にとくねくねと走る。 ↑この路線図では中林~後川辺付近は平坦な道のように見えるが、実際は中途半端に道路拡張工事が行われていて狭い道(旧道)と広い道(バイパス)を何度も行き来しているのだ。 よくこんな道をバスが毎日走るものだなと思った。 20年ほど前は普通の大型バスを使用していたので運転士さんもたいへんだったことだろう。 というわけで無事に終点・泗水に到着。 暇なので旧泗水町の中心街を歩いてみる。 ご多分に漏れず、商店街はとっくに崩壊している。 合志川の堰だけは昔のままだ。 合志川にかかる道路橋から歩道橋を見る。 この歩道橋は旧熊本電鉄の鉄道線が走っていたところだ。 部分廃止で鉄道は無くなっているが、路線跡は残っている。 高江駅跡。 ここが駅だったなごりはまだ駐輪場の看板に残っている。 高江駅駐輪場。 もう四半世紀近く経っているので鉄道時代の遺構はすっかり無くなっている。 続きの旭志線バスはこちら。
by rs422a
| 2008-10-28 22:07
| sightseeing
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Comments(2)
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ソニカメ
at 2008-10-30 09:57
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おお、高江駅が懐かしい!
2002年8月に廃線巡りのオフ会をした際に立ち寄ったのが最後でした。 あの頃は、まだ旧駅舎がバスの待合所として残っており、なかなか風情がありました。今は何やら立派な建物が立っているのですね。 廃線の駅跡には、駐輪場だけが往時のまま残っているというパターンが多いですね。
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rs422a at 2008-10-31 20:45
★ソニカメさん
高江駅跡は大きく様変わりしました。 商店街は崩壊し、狭かった道は拡張され、泗水バイパスが通って旧道は車がめっきり通らなくなりました。 鉄道が無くなってからもう24年も経過していますからね。 だんだん鉄道の遺構もなくなりつつあります。 |
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