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ツーカー終焉
KDDIのニュースリリース
既に3月30日に発表された資料なのでいまさらな話題だが、一応書いておこう。

ついにツーカーも終焉のときが来た。
2006年6月30日で新規受付を終了する。
以後はプリケーも含めて全面的に受付を中止する。

あまりにあわてて発表したせいか、初出時は東京都練馬区大泉学園店の地図が間違って掲載されていた。
同じ「大泉」ということで、群馬県大泉店の地図が載っていた。
もっとも4月1日になったら大泉学園店そのものがなくなったのでたいして影響はなかったと思われる。
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↑合成した画像ではありません

正直電話機能とメール機能だけ使っているとわざわざ3Gである必要は無いわけで。
現に携帯電話機の新製品レビューでは通話機能に関して追求する記事は皆無だ。
日常生活では2Gのツーカー電話機で十分だと思っていた。
「話せりゃええやん、電話やし」のキャッチフレーズも好きだった。
しかしながらツーカー電話機本体の機能は現代ではあまりにもプア過ぎた。
今のau電話機にはいろいろ遊び機能が付いていて楽しいものである。

複雑な経緯で東名阪以外でJフォン(現・ボーダフォン)とローミングしていたツーカー。
(Wikipediaに詳しい経緯は書いてある)
日産がツーカー株を手放す際にJフォン(当時)と合併しておけばよかったのかもしれない。
事実上、ツーカーは1999年8月で終わったのかもしれない。
よく7年間も持ったと言えるのかもしれない。
武田勝頼並のしぶとさとも思える。

ツーカーの加入者数は2001年6月がピークで4,041,800人。
それがいまや300万人を切っている。
ちなみに2000年頃まではIDO(現au)よりも毎月の加入者は多かった。
この頃までは順調に先端を行くような端末も出していたのだ。funstyleとか。
雲行きが怪しくなったのは2001年からか。
携帯電話にもカメラ付が当たり前になってくると一気にシェアを下げた。

それにしても携帯電話業界の進捗は早い。
ツーカーがKDDIに正式に吸収されることがきまったのが2005年7月24日。
正式に吸収されたのが2005年10月1日。
auへの移行を始めたのが2005年10月11日。
そしてツーカーの新規受付が終了するのが2006年6月30日。
吸収が発表されてから1年も経過せずに事実上終了。
携帯電話業界がドッグイヤーと言われるゆえんである。
こんなに早くツーカーがアステル並の終焉を迎えるとは予想できなかった。
思えばポケットベルも絶頂期から2年ほどで事業廃止になったというものすごい大雪崩が起こったことがあった。
盛者必衰の原理はここにも現れている。



ところでau電話機の待ち受け時間の短さはなんとかならんものか。
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by rs422a | 2006-04-03 22:25 | mobile IT | Trackback | Comments(0)
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