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左腕求む 星野ジャパン by 読売新聞
今日27日の読売新聞朝刊に載っている星野ジャパンの記事はひどい。
北京五輪代表チーム編成で左腕投手が不足しているそうだ。
右腕投手はいっぱいいるが、左腕となると岩瀬(中)しかいないとか...
おいおいおいおい。
和田(ソ)、杉内(ソ)、八木(日)とかパ・リーグに左腕投手はいっぱいいるじゃん。
星野の目には彼らの存在は入っていないのか。
いくら読売新聞の記事とはいえ、ひどすぎるぞ。
本当に星野がこんなことをしゃべっていたのだろうか。
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by rs422a | 2007-02-27 07:37 | SEIBU | Trackback | Comments(2)
岸君、大丈夫か? C2-6L
今日の広島とのオープン戦は雨でコールドゲームだった。
中村の先制2ラン、高山もソロホームランと、打撃陣の方はなかなかのもの。
しかし期待の岸君が3回6安打2失点とちょっと不安な内容。
その後を受けたギッセルはよい内容だったらしい。
今年は打撃陣の奮起が必要だからみんなガンバレ。
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by rs422a | 2007-02-25 20:07 | SEIBU | Trackback | Comments(0)
柳瀬に沈黙 H2x-1L
いくらオープン戦とはいえ、三者三振はひどくないか?
まあ開幕までにはしっかり柳瀬の球筋を見切ってもらいたいです。
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by rs422a | 2007-02-24 21:21 | SEIBU | Trackback | Comments(2)
明日からプロ野球オープン戦
基本的に西武球団は「悪役」だと思う。
福岡から球団を買ったのはいいが、それ以前の歴史を抹殺しているからだろう。
公式Webを見る限りではまったく新規に「西武ライオンズ」という球団が出来たかのようになっている。
ホームページ→「コミュニティ」を選ぶと
ライオンズの歴史
という項目がある。
ここの文章がなめている。
1978年の誕生以来、西武ライオンズが歩んできた歴史を振り返ろう!
と書いてあるのだ。
おいおい、これでは「ライオンズ」の歴史とは言えないのではないか?
クラウンライターライオンズ以前の歴史がまったく無視されている。
このWebページでの歴史は1978年10月12日からなのだ。
ここは正しく「西武ライオンズ」の歴史と書き改めるべきである。
もしくはきちんと1949年の西鉄野球株式会社創立から書くべきである。
こういうところがプロ野球ファンの反感を買っているのである。
事実、私も大嫌いな球団だった。
松坂が入団するくらいまでは。

ちなみに他球団の公式Webでの歴史説明がどうなっているかというと...
北海道日本ハムファイターズの公式Webには歴史ページそのものがない。
記録的には北海道移転の2004年以後しか載っていないようだ。

福岡ソフトバンクホークスの公式Webには「ホークスの歩み」と称して1938年(昭和13年)の南海軍結成からちゃんと載っている。
さすがだ。すばらしい。

千葉ロッテマリーンズのWebには1949年9月21日の毎日新聞社が「日本野球連盟」に加入を申し込むところから始まっている。
うむ、これも正しい歴史だ。

オリックスバファローズのWebでは歴史が1988年10月19日から始まっている
なぜか近鉄の歴史も1988年からしか書かれていない。
本当は1936年の阪急職業野球団から書くべきだ。

こうして見てみると、オリックスと西武の態度が悪いのがよくわかる。
この2チームを古くから応援しているファンにはおもしろくなかろう。
チーム成績が下がったときにあっという間に人気が落ちるのも当然だろう。


西武が悪役としての立場が明確になったのは1985年の日本シリーズだろう。
「阪神21年ぶり優勝」に日本中が沸き立っている時の対戦相手だ。
まあこの時ばかりはパのどの球団が優勝していても、きっと悪役とみなされたことだろう。
マスコミはすべて阪神びいきの記事だった。
そして負けた。しかも負け方がお見事。
2勝2敗のタイにしながらそのあと連敗して日本一を逃した。
阪神ファンにとってはちょっとだけひやりとしながら最後に笑うというまさに理想の展開。
マスコミが一番喜ぶような結果になった。

翌1986年の日本シリーズは広島相手に1分け3敗から4連勝で日本一となるが西武の影は薄い。
この年、セ・リーグのペナント争いは終盤まで広島と巨人との激しいデッドヒート。
正直、ペナント争いがすさまじくて日本シリーズに興味が持てなかった。
巨人は広島との直接対決前に頼みの槇原がヤクルトの変な外人にホームランくらってジ・エンド。
ちょうど去年の西武のように巨人が自滅した格好で広島の優勝が事実上決まる。
広島対巨人最終戦は当時大人気の「オレたちひょうきん族」を飛ばしてまで放送することになっていたが、もはや消化試合にしか過ぎず、まともな中継にならなかった。
ビートたけしが画面を見ながらぼやくシーンだけが印象に残った。
だからこの年の日本シリーズは第8戦まで行く熱闘にもかかわらず、ほとんど記憶が無い。
たぶん、みんなそうだろう。

1988年は伝説の「10.19」で西武球団は日本中から悪の帝王と認知される。
無人の西武球場で森監督を胴上げする映像は見た目以上にしらけていた。
日本シリーズでは西武選手たちは「近鉄に申し訳ない」と奮起(リップサービスかもしれないが)して中日に4勝1敗で快勝。
これもまたパのペナント争いがすごすぎてシリーズの印象は無い。
中日が弱すぎるという感想しかなかった。

1989年、オリックスが序盤を独走するものの後半失速、西武と近鉄が猛追。
10月12日の西武球場に近鉄を迎えてのダブルヘッダー。
ここで西武が連勝、オリックスが連敗すれば西武が優勝というところまでこぎつけている。
しかし、この大事な連戦に連敗してしまう。
ここ一番で勝てないのが西武。
ブライアントに満塁本塁打を含む4打席連続ホームランをくらう。
水島新司の漫画にもないようなすごい展開でV逸。
悪の帝王がこれ以上無いほど完璧に打ちのめされた。
この日、西武球場に足を運んだ熱心なファンは多かっただろうがどう思っただろうか。

以後年俸高騰もあり、看板選手が次々と離れていく。

1998年、横浜との日本シリーズ。
この年もマスコミは横浜びいき。
西武は優勝回数が多く、セの6球団すべてと日本シリーズで対戦しているだけにどうしても悪役にされてしまう。
この年もけっきょく横浜の引き立て役に終わる。

1999年の松坂加入後はなかなか優勝できない年が続く。
毎年夏ごろまでは優勝争いするがそのあと脱落する。
2002年は逆に8月に21勝5敗という驚異的な勝率で早々にリーグ優勝を決める。
あまりに間隔が空き過ぎたのか日本シリーズでは巨人に4連敗して終戦。
みんなダメならまだしも、カブレラ一人だけが元気だっただけにいっそう惨めだった。
だが、私が西武ライオンズを応援しようと思ったのはこの年の日本シリーズがきっかけである。
あまりの情けなさに「これは応援してあげねば!」と感じたのである。
九州を見捨ててから四半世紀も過ぎたことだし、もう福岡時代のライオンズとは別の球団として見てもいいかという気になったのである。
そして迎えた2004年。
球団統合などの問題に揺れた球界だが、プレーオフと日本シリーズは熱かった。

こうなったら西武球団は徹底的に「悪」としてがんばってもらおう。
そう、悪玉は強くなければおもしろくないのだ。
さあ明日からオープン戦だ。
3月24日に向けて勝敗は度外視してしっかり調整してくれ。
そして今年は日本一に輝いて欲しい。
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by rs422a | 2007-02-23 22:16 | SEIBU | Trackback | Comments(2)
miniSDカードが壊れた
2005年のツーカー→au移行に備えてプレーオフ第一ステージ第一戦の時に買ったminiSDカードが壊れた。
怪しいメーカーではなくGREENHOUSE製をわざわざ買ったのになんてこったい。
愛用のau携帯電話機W31SA2で使用していた音楽データも写真データもすべてパー。
もはや携帯電話機でもパソコンでもフォーマットすらできない。
削除もできないフォルダやファイルができてしまっている。
どうやら完全にカードそのものがいかれてしまったらしい。
とっくに保証書は無くしている。
わずか1年4ヶ月ほどで壊れてしまうとは....
メモリースティックなんかは毎日使っていても6年間故障知らずなのだが。

これを機会にというわけではないが、唐突に携帯電話機の機種変更をやりたくなった。
W31SA2の最大の弱点は日本語変換。
Wnnはやはりアホウだ。
なにしろ登録した単語が予測変換でぜんぜん出てこないのである。
わざわざ単語登録するくらいだから本当は一番に候補として出てきて欲しいのに出てこない。
一度フルスペルを打ち込んで変換するとしばらくは予測変換でも先頭に候補として出てくるようになる。
が、すぐ忘れて出てこなくなる。
お前はATOK7か!
VJE-Σでももう少し記憶力がいいぞ!

「ATOK for au+APOT」を採用しているのはカシオ、日立、パナソニックか。
東芝は独自のMobile Rupoという変換。
シャープはケータイShoin5という自社ワープロ技術を生かしたもの。
京セラはAdvanced Wnn V2 Exなので期待できない。
ソニーエリクソンはPOBox PRO, Advanced Wnnだから期待できない。

日本語変換にこだわって機種を選定する人は少ないのだろうか。
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by rs422a | 2007-02-20 22:33 | mobile IT | Trackback | Comments(2)
2007年3月6日(火)西武鉄道ダイヤ改正
西武鉄道がダイヤ改正を行う。
日頃使っている新宿線では快速急行の停車駅が増えるらしい。
平日の日中しか走っていない種別の列車だから、サラリーマンにはほとんど関係ない変更だ。

池袋線では石神井公園駅の高架化工事が始まる。
その関係で、現在普通列車と優等列車との接続が行われなくなる。
一部の快速が準急になることで保谷と大泉学園駅の救済処置となるらしい。
だいたい「快速」という種別が中途半端過ぎる。
「準急」との停車駅の差は保谷と大泉学園の二駅だけ。
こんな意味の無い種別などやめてしまうほうがすっきりする。

今回のダイヤ改正にはあまり目立つ改正項目が無い。
グッドウィルドームとの直通運転増強など、具体的な改善もない。
池袋線で一往復だけ西武秩父まで行く特急が増えるくらいか。
新宿線の朝ラッシュ時はここ15年くらい本数が増えない。
毎日毎日踏切で大渋滞になっている風景も変わらない。
中野区も杉並区も練馬区も西武新宿線の高架工事に協力してもらいたいと思う。

球場輸送の改善もないことから、たぶん今年は昨年のように熱心に球場に通うことはないと思う。
目の前に駅があってもとても不便なダイヤなので行く気が起こらない。
ファンクラブの特典もぐっと減ったことだし、招待券が無くなったら自費で観戦することはなさそうだ。
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by rs422a | 2007-02-19 23:20 | SEIBU | Trackback | Comments(2)
プロ野球キャンプも大詰め
次の土曜日からはもうオープン戦が始まる。
西武はジョンソンと岸が紅白戦登板。
ジョンソンはなかなかのところを見せてくれた。
岸は平尾に3ランホームランを食らったらしい。まだ修行の身だ。精進しなさい。

NHKで松坂大輔のフロリダキャンプイン情報を伝えていた。
現地のレッドソックスファンの子供が18番をつけていた「DAMON」の「MON」の部分に手書きの「ISUKE」を貼り付けて「DAISUKE」シャツを作っていた。
大人がやっていたら情け無いのだが、子供がやっている分はほほえましい。
レッドソックスも松坂グッズを取り揃えるのが早い。
これくらいの迅速振りを西武にも見せて欲しいものだ。
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by rs422a | 2007-02-18 23:59 | SEIBU | Trackback | Comments(0)
泗水駅

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熊本電鉄の泗水駅跡。
ずいぶん前に「泗水」のさんずいがはがれ落ちていたのに、なぜか修正されている。
部分廃止から20年以上も経過しているのになぜこんな補修をしているのだろうか。
孔子公園に置いてあった電車車両は全部撤去されてしまっていた。
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by rs422a | 2007-02-17 21:29 | Bicycle | Trackback | Comments(2)
JR東日本と私鉄線との連絡定期券がクレジットカードで買える
明日2月15日よりJRの定期券販売機でView以外のメジャーなクレジットカードでも連絡定期券が買えるようになるそうです。
ひっそりと駅のポスターに書かれている。
ようやく対応してくれるのか。
これは嬉しい。
今まで高額な買い物なのに現金しか使えず不便だった。
西武鉄道はマヌケなことに新たにプリンスカードというものを作らないとクレジットカードで定期券が買えない。
自社グループのセゾンカードで対応してくれればよいのだがそんな気のきいたサービスはしない。
今まで地元の最寄り駅で買っていたが今後は西武鉄道の駅で買うことは無いだろう。
先月6ヶ月分買ったばかりなので利用するのはまだ先だ。
早く西武鉄道も一般クレジットカードで定期券が買えるようになって欲しいぞ。

(2013年8月17日 追記)
ちなみに今では西武鉄道もプリンスカード以外のメジャーなクレジットカードで定期券を買うことができる。
いまだに自社カードしか使えない京成や東武に比べるととても素晴らしい対応だ。
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by rs422a | 2007-02-14 12:29 | SEIBU | Comments(0)
2007年 鹿本鉄道跡探訪3
探訪1はこちら
探訪2はこちら

さて、鹿本鉄道探訪報告もいよいよ佳境。
なぜなら1981年に撮影していた3枚の写真を紹介するからだ。

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宮原駅跡から平島駅方向を見る。
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宮原駅の駅舎跡だろうか。
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宮原駅のホーム跡。
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管理地になっているようだ。
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これは1981年のショット。
K本D波高専時代の私(右)とI君。たぶん宮原駅の駅舎だと思う。

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分田駅近くの休憩所から宮原方向を見る。
分田から宮原までは一直線。
鉄道が現役の頃は最高速で突っ走っていたのであろう。
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分田駅近くの休憩所にある看板。
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休憩所から菊池川方面を臨む。
現役の頃は分田駅は築堤上にあった。
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というわけで1981年頃に撮影した分田駅ホーム跡。
道路とは石の階段でつながっていた。
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分田駅跡に残る駅名標。
もちろんこれも現役時代のものではなく、自転車道整備時に設置されたもの。
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分田駅跡は堤防から同レベルで走っていた。
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菊池川の鉄橋跡にかかる歩道橋。
この橋流出が鹿本鉄道の命取りとなった。
先ほど宮原駅で出くわした鹿本商工高校生徒が追いついてきた。
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1981年頃の菊池川鉄橋。
真ん中は洪水で流出している。

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来民駅跡。
以前は駅舎が残っていたが、撤去されて更地になっている。
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来民駅跡付近の地区名はまだ「駅通り」を名乗っている。

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山鹿駅跡にあった山鹿自動車学校は廃業していた。
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自動車学校の教習コース跡。
山鹿駅時代は機関車がたくさん走り回っていたことだろう。
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山鹿駅の駅舎跡。今は近づけない。
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鉄道の記念碑。
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今は「鹿鉄交通」という名前の会社になっている。
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山鹿からさらに先まで延長しようとしたのか、なぜかそれらしき土地がある。
あるいは蒸気機関車時代の単なる機回し線跡か?

[2007年2月12日追記]
その後、調べてみたらやはり延長計画があったことがわかった。
鹿本鉄道はこの先、国道3号線付近の三岳までの免許を取得していたのだ。
もっとも1930年(昭和5年)には失効している。
山鹿駅から先の土地も少しは取得していたようだ。

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水辺プラザかもとの遊歩道にかかる旧菊池川鉄橋。
1981年の頃は川にかかっており、2000年くらいまでは宮原駅跡に置いてあった。
今はようやく安住の地を得たようだ。
鹿本鉄道の現役時代からの遺構はこの橋くらいのものだ。

以上で、鹿本鉄道探訪の旅は終了。
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by rs422a | 2007-02-10 18:02 | Bicycle | Trackback | Comments(4)